2005年3月分

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聞き間違え
国会では衆・予算委員会の分科会ってのが行われていた。「国会中継」っていうと、本会議とか予算委員会の一巡目、そして党首討論がNHKで生中継されるくらい。だから、これまではマイナーな委員会の審議なって、どういう感じなのか判らなかったけど、今ではインターネットで各種委員会のやりとりをリアルタイムで知ることができる。
今日は、うちの職場の共用パソコンで国会中継が流れていた。かつて、一緒に仕事をさせて頂いた川の仕事をしていらっしゃる方の声が聞こえる。
何とはなしに耳を傾けたら「河川施設の廃品回収の掃除を・・・」と聞こえてきた。そうだよなぁ、リサイクル法が出来て、河原をゴミ捨て場扱いする奴が増えたんだろうな・・・。 でも、「廃品回収の掃除」って日本語がヘン・・・と、やりとりに神経を集中したら、あーら不思議。廃品回収の掃除じゃなくて「耐震改修の工事」だったとさ。
2005年03月01日 00時24分31秒



なぜ滑るのか
今年に入って連続9週ゲレンデ通い。
「何故、滑るのか?」「そこに雪があり、仲間がいるから。」と、登山家のように言うか。
メンバー、趣旨も毎回微妙に違うし、ゲレンデの状況なんぞはリフト1本ごとに変わってくるから飽きることがない。温泉やうまいものもバラエティに富んでいる。

「疲れないの?」とか「タフだねぇ。」とも言われるが、
・無駄な力を使わずに省エネで滑っている 
・ツアーごとの滑走時間は漸減の方向にある 
・空気のきれいなところで適度な運動をしている 
・おいしいもの食べて、適度(?)なアルコールを取っている 
・仲間とワイワイやってストレスを発散している 
・普段よりも早めに寝て、十分な睡眠をとっている
と挙げられるように、身体にはいいばかりなのだ。

もちろん、優しい仲間たちのおかげで、door to doorで送り迎えしてらい、車中休んでいることも大きい。(往復8時間運転や新幹線・バス乗継だったら大変だろう。)
こんなにいいこと尽くめのスキー、デメリットと言えば床屋に行けないこと、そして「燃えないゴミ」が出せないこと。
2005年03月01日 00時28分47秒



3月
ああ、もう3月なんですねぇ。あっという間です。セントレアが開港したと思ったら、もう愛・地球博も始まるんですね。今から7年前、愛知博の仕事をしていたときには「まだまだ先」って思っていたんですけど。
今日から、JR高蔵寺駅からの直行運転が始まって、愛知環状鉄道の新駅も開業したとか? 当時、携わった者としては是非現地に行ってみたいものである。
それにしても、月日の経つのは早いものである。言いようのない不安に襲われる毎日である。
2005年03月01日 23時28分14秒



本日の手作り弁当(3/1)
牛肉とチンゲン菜とタマネギのオイスターソース炒め、豆腐と竹輪とわさび漬けとレタスの得も言われぬもの、温泉卵、ひじきご飯、野沢菜キムチ、らっきょうキムチ。
連日の弁当作り。ペースがつかめればこっちのものである。肉や野菜を売る駅
前の食料品店が午前零時まで営業時間が延びたのも大きい。オイスターソースは、今朝開けたばかり香りもよくgood。最初チンゲン菜さけを考えていたが、タマネギの投入で味の幅が広がった気がする。得も言われぬものとは、豆腐とわさび漬け、細かくした竹輪をフードプロセッサーでまぜて、生のレタスの葉で包んだもの。混ぜる時間をもう少し少なくして、それぞれの食材の食感を残したらイケるかもしれない。カレー味に挑戦してみたい。ひじきご飯は昨日の煮物の使いまわし。
2005年03月02日 01時39分57秒



付けっぱなしのPC
立ち上がりが不安定だったPC。究極の解決策は「24時間365日付けっぱなし」。立ち上げが不要なんだから何の問題も無し。
パソコンそのものの調子も悪いので、「走り出すピリオド」とか「誰が使ってるネットスケープ」等の不思議な現象はあるものの何とかなっている。
ADSL導入で常時接続になったとき、インターネットとの付き合い方が変わったが、今回電源を落とさなくなり、さらに付き合い方が変わった。
・巡回するページを閉じなくなり、ブックマークを使わなくなった。
・朝の忙しいときでもメールチェックが可能
といったインターネット関係の変化はもとより、
・前回作業のまま開いているので、直ぐに継続できる
・寝ている間にデフラグ(きっと、1、2時間かかっているに違いない)をかける
・外出中にウィルスチェックをかけたり、ウィルスソフトのアップデートをする
ってなこともできるようになった。
今まで、毎日電源を落としていたのは何だったんだろう・・・?
2005年03月02日 01時50分03秒



本日の手作り弁当(3/2)
鶏の照り焼き、竹輪のわさび漬け詰、シュウマイ、レタス炒め、ひじき煮、野沢菜キムチ、レタスご飯。鶏の照り焼きはフライパンを熱して皮を下にしてしばらくう空き、醤油と味醂をたらして蓋をして蒸し焼き。途中何度かひっくり返してタレを絡めてじっくりと。仕上げに七味を少し振る。火を入れすぎて硬くなったところが、あたかも地鶏のようで結果オーライ。
竹輪は文字通り。わざわざ詰めることもなかったが、わさび漬けの風味を逃がさない配慮ということで。照り焼きを作ったフライパンの掃除を兼ねて、千切りレタスとミックスベジタブルを炒める。タレを吸い取って同じ味になるはずだったが、ちょっと目を離したスキに味醂の糖分が焦げてスモーク状態に。結局フライパンを洗う羽目に(笑)
# スモーク自体は悪い味じゃないので、一度、温燻にチャレンジするか。で、本日の極めつけはレタスご飯。前の晩に荒い千切りレタスに塩コショウして、軽く重石をしておき、朝、水気を切って、炊き上がったご飯に混ぜる。レタス炒飯もどきである。炒飯よりもレタスの食感が残るかもしれない。
2005年03月03日 01時25分10秒



足下を見る
大雪になった今朝の東京。さすがに、これだけ積もると皆さん備えが違う。きれいなお嬢さんがスニーカーを履いてたり、カッコイイ雪靴だったり。そういうおいらは、スキー場で履くようなゴム長。職場で会議のときに足下を見ると結構楽しかった。
2005年03月04日 20時14分34秒



てんぐす
名古屋名物のおにぎりじゃありません。ゲレンデ脇の林をみていると、ときたま、枯れ枝の一部だけにこんもりと葉がついているのを見かけることありませんか? 「ヤドリギかな?」と思っていたのですが、先日、クラブの植木職人に教わったところ「てんぐす病」といってウィルスが原因で、枝の一部から多数の小枝が発生し,ほうき状になる病気なんだそうです。この「てんぐす」というコトバ、植木の教科書にはひらがなで記述されているそうなのですが、いろいろ調べてみると、木の上の方にこんもり茂った部分があるのが「天狗の巣」に見えることから付けられた名前なんだそうです。
知ってから眺めてみると、そこら中に天狗がいるわ、いるわ。
2005年03月08日 01時49分54秒



ioH観劇オフ
開催まで2週間を切りましたので、募集を締め切らせて頂きます。ぴなのほめぱげ読者から3名の参加を頂き、別口でからの参加も合わせて9名のオフとなりました。芝居もさることながら、宴会で初めて使う店が今から楽しみで・・・。
なお、平日はまだまだ席に余裕があるようです。予定が立たなかった方も、当日券狙いで劇場にお運び頂くことをお奨めします。
2005年03月08日 01時55分33秒



マスコミって・・・
人の悪口だとどんどん報道するのに、こと自分達の話になると殆ど触れなくなるのね。例えば「今日、全国の公務員にボーナスが出ました。」なんてことを季節のニュースにして、虎ノ門辺りの銀行員が一万円札を大胆に札勘(さつかん。お札を数えることを業界用語でこう呼ぶ。扇形にきれいに拡げて、ベテランさんは5枚ごと数えていくらしい。)する光景を毎年のように報じていたが、一度たりともテレビ局の社員のボーナス支給日が話題になったこともなければ、その額がメディアに乗ることすらなかった。
今回の「朝日新聞vsNHK」は、珍しく、お互い、自らのメディアで相手をたたき合ったのだが、そろそろ疲れて「もうやめようよ。」となったときに出てきた絶好のネタが「ライブドアvsニッポン放送・フジTV」だったんじゃないだろうか。だから、NHKも朝日新聞もこの話題に飛びついて、ニュースの時間も新聞紙面も大きくさいて、国民の目をそっちに向けようとしているように思えてならないのだけど、これってうがった見方かなぁ。
2005年03月08日 01時59分07秒



献血が・・・
おいらの趣味の内、唯一、世のため人のために役立つのが献血である。丁度、昨日は職場の集団献血。前回75回目の献血が昨年の12月12日だったので、12週間と1日、ギリギリ献血可能だった。やらなきゃ・・・と思っていたが、仕事の切れ目がなくて会場に足を運ぶことができなかった。
と、今朝になってショックなニュース。いわゆる狂牛病対策で80年〜96年の間、イギリス・フランスに1日でも滞在した人は献血ができないと・・・。87年12月にイギリスに二晩、フランスに一晩滞在したことがあります。たった4日のために・・・。
身体が丈夫な間に100回献血を達成しようと頑張ってきたのですが、そんな目標が奪われちゃいました。初めての献血から20年余。検査の結果に一喜一憂して、節制したり、運動したり。これからは、それができなくなると思うと寂しいです。うーん、悲しいよぉ・・・。
2005年03月09日 01時05分34秒



ゴルゴと両さん
小学館漫画賞が「こち亀」作者の秋本治さんと「ゴルゴ13」作者のさいとう・たかをサンに贈られたそうな。どっちも、長期連載。もともと漫画を続けて読む習慣はないおいらだけど、床屋さんや歯医者の待合室とか、ペンションの本棚とかから引っ張り出したり、ふと手にした雑誌で読んだり・・・ってんで楽しませて貰ったものである。
その受賞風景を報じる新聞記事、両さんとゴルゴが握手している絵にお二人のサインが書かれているという、マニアでなくても欲しくなる作品が出ていた。お巡りさんと殺し屋の握手ってのが、そもそも面白い取り合わせ。で、握手はやっぱり左手なんですね。プロの殺し屋ゴルゴは、決して利き腕の右手を相手に預けたりしないんですね。ついでに言えば、両さんの背中は見えてるけど、ゴルゴの背中は見えない構図なんです。いいなぁ、こういうトリビアなこだわり。
2005年03月09日 01時31分11秒



一家惨殺
岐阜の一家惨殺。犯人のお父さんの心の内は未だ判らない。でも、ここまで徹底して家族に手をかけているのをみると、果たして被害者達が憎くて殺したのだろうか・・・という気がしてくる。もちろん、亡くなった方々の無念は計り知れないけど、体よく町内会(?)の旅行に送り出され、結果的には娘婿と当の旦那は一命を取り留めているものの、実質的に独り取り残されることになった奥さんが一番辛いのではないだろうか。
もしや、このお父さんの真意は「おかあさんに生き地獄を味合わせる」ってことだったんじゃないだろうか・・・。
いずれにせよ、合掌。
2005年03月09日 01時37分28秒



14日目に・・・
パソコンの電源を入れっぱなしにして14日目に突入しました。何の問題もありません。全くもって、なんで今まで毎日朝晩、電源を切ったり入れたりしていたんだろう。電気代の節約? パソコン本体の寿命伸ばし? 疾走する「・・・・・・・・・」も出なくなったし、何の問題もなくなりました>パソコン
高校の後輩から「いざというときのために・・・。」とVAIOノートを借りているのだが、今のところそっちのパソコンには電源を入れる必要がない状況である。こりゃ、停電とか、引っ越しとか、強制的な再起動にでもならない限りOKだな。
2005年03月10日 01時36分25秒



つり革
朝の通勤電車。路線が違うからか、鉄道の輸送力が向上したのか、はたまた、オフピーク通勤が浸透したのか、かつて「通勤地獄」と呼ばれていたときほどの混雑ぶりではなくなったとは思う。それでも新聞を縦長に開くのがやっとで、ちょっと混んだ車両に乗ってしまうとそれすらできない状況だ。
そんな車内に立っていてふと気になるのはつり革の間隔である。あの間隔は何を基準に決めているのか、言い換えれば、どのような状況を期待して作っているのだろうか。この季節、多少着ぶくれしているせいもあるのだろうが、大のオトナが全てのつり革に一人ずつつかまって立つことはできないと思う。かといって、一つおきに立つなんて、二つのつり革を持って「脚前挙支持」をやる訳でナシ。ホントに、あの間隔ってのは中途半端なんだな、これが・・・。
2005年03月10日 01時53分45秒



本日の手作り弁当(3/10)
豚しゃぶサラダ、竹輪の野沢菜詰、納豆キムチ、わさび漬け、シメジご飯。
豚肉とレタスを茹でてポン酢で合え、七味を一振り。レタスはかなりの量が食える。竹輪の野沢菜詰。たまたま、竹輪の穴が野沢菜の太さと同じだったのでやってみたが大失敗。1+1は2以下でした。納豆キムチは、納豆と野沢菜キムチと薄切りにした竹輪を混ぜたもの。これはかろうじて1+1+1=3という感じ。炊き込み御飯は、ぶなシメジと油揚げ。出来上がりに七味ごま。面倒くさかったので油抜きをしない油揚げを使ったが、特に問題はなし。
2005年03月11日 02時18分01秒



消えた昭和
今度のioH観劇オフの宴会Hあ「昭和レトロ居酒屋」というところでやろうと思っている。幹事役としては下見に行きたいのであるが、なかなか果たせないでいる。さて、4月号の文藝春秋。消えた「昭和」という企画をやっているようだ。
新聞広告によれば、消えたものは、蚊帳、焚き火、和式便所、ナイフ、原っぱ、紙芝居、駄菓子屋、ラジオ、縁側、ちゃぶ台,神棚と仏壇、押し入れ、書斎、給料袋、半ドン、社員旅行、中卒、そろばん、チップ、帽子と懐中時計、百科事典、路地裏、箒とちりとり、物乞い、蝿取り紙、御用聞き、井戸端会議・・・。
なるほど・・・。しばらく、このネタで遊んでみるか。
2005年03月11日 02時18分50秒



【消えた昭和】 蚊帳(かや)
子供の頃には家にあったけど、吊っていた記憶はないです。両親の実家(滋賀県)にお盆に帰ると、蚊帳が用意されていましたが、これがまさか「蚊」をよけるものとは思いませんでしたね。田舎の家で部屋がだだっ広いから、それを仕切っている・・・くらいのイメージ。秘密基地みたいでワクワクしました。なにやら独特の匂いもしたし。
入るときに、バサバサっとやって、蚊を追い散らしてから素早く入るっていう作法は大きくなって、使わなくなってから知識として知ったんじゃないかな。
蚊取り線香も蚊帳も蚊を殺すわけじゃなくて、方や朦朧とさせる、方や寄せつけない、っていう、何とも優しい手法ですよねぇ。スリランカの仏教徒は殺生ができないから蚊が腕に止まってても追い払うだけ、って聞いたけど、それと同じ発想かな? それに引き換え、キンチョールだとかベープマットって殺すのが目的
なんですよねぇ。西洋の発想かな。
2005年03月11日 02時19分36秒



【消えた昭和】  焚き火(たきび)
垣根の、垣根の、曲がり角・・・。
そういや「落ち葉焚き」なんてやらなくなりましたね。ダイオキシン問題が出る前から、火事の危険性だとか、煙や灰が洗濯物を汚すだとかでできなくなったんですかねぇ。そもそも「土」の場所が少なくなったのかな。アスファルトやコンクリートの上だと焚き火っていう雰囲気じゃないもんね。
おいらの落ち葉焚きの記憶は、もう四半世紀前、高校1年生のときです。何故かホームルームの時間に落ち葉焚きをすることになったのでした。担任の先生がサツマイモを買ってきてくれて(今にして思えば、先生、自腹だったな。)、それで焼き芋をやろうって言う算段。うちの高校の校庭は銀杏の木が多かったけど、それ以外にもいろんな木があった。何班かに分かれて作業をしたんだけど、みんな火がつきやすい枯れ葉を集めていたんだけど、直ぐに火が強くなって、そして消えちゃうので、生焼けにしかならなかった。おいらのいた班は、特に考えたわけではないけど、銀杏ばっかり、なかなか火がつかなくて苦労したし、着いても、ブスブスと勢い無く燃えるだけ。でも、それが良かった、とても50分のHRでは終わらなかったけど、暗くなり始めてようやく出来上がった焼き芋はホクホクしてて、とっても甘かった。懐かしい思い出である。
2005年03月11日 02時22分13秒



【消えた昭和】 和式便所
生活の中で和式トイレがメインだったのは20年チョット前まで。実家のトイレも下宿の共同トイレも和式。当時はスキーもやらなかったし、海外旅行にも行かなかったかったから、家の外で「大」っていう機会は殆どなかったと思うが、出先に洋式と和式があれば和式を選んでいた記憶がある。他人とお尻が間接キスってのもイヤだし、踏ん張らない感じがイヤだったんだろう。さらに拭く作業も中腰になるマヌケさ・・・。
就職した年の秋、実家が新しくなり洋式トイレになった。当時とーちゃん・かーちゃんは50代で、よく「頭の切り替え」ができたものだが、年齢的に和式がきつくなり始めていたのかも知れない。おいらは、と言えば、あれほどイヤだった洋式が実はとっても合理的であることにものの数日で気づく。座っているのだから、何時間(笑)入ってても辛くない。踏ん張らなくても時間をかけて出せばよい。それよりも、出たモノが水たまりに直行するので臭いが少ない。食わず嫌いだった訳だ。(喰うモノではないが・・・)
それから20年余り。ずっと洋式にお世話になっている。たまに、古いスキー宿で和式にぶち当たると、とってもブルーになるってんだから、人間変われば変わるもんだ。
ちなみに、世の中ではまだまだ和式に人気があるようだ。http://www.bes.or.jp/nature/toilet/toilet-main.htm
# 「日本トイレ協会」、いつも飲んでるあたりにあるらしい。
2005年03月11日 20時20分13秒



【消えた昭和】 ナイフ
ナイフがなくなった? そんなことは無いふ? あ、ぶたないで・・・。
無くなった「ナイフ」って何だろう。ナイフ・フォークのナイフなら、今でも普通に使うし、ソムリエナイフや果物ナイフもよく使う。サバイバルナイフやバタフライナイフみたいにヤバいのも犯罪にちょくちょく使われる。(手に入るってことは、売ってるってことで、本来の用途に使う人がいるってことだよね。)
うーん、何だろう。思い当たるのは、肥後の守だけど、それならそう書くだろうし。あ、「ボンナイフ」ってのがあったな。
カミソリのような刃に柄が付いたもの。多分鉛筆削りとか工作だろうな。折りたたむタイプとそのまんまのタイプがあった、いいとこのボンボンは折りたたみを、普通の子は中華包丁の超小型みたいなそのまんまのヤツを使ってた。その後、カッターナイフに取って代わられたようで、今じゃ見ないなぁ。やっぱ、子どもに刃物を持たせなくなってるのかなぁ・・・。
2005年03月11日 20時46分50秒



消えた昭和】 原っぱ
原っぱ。誰が管理しているか判らない空き地で、ほどよく雑草なんかが生えているとよろしい。小学生時代を過ごした横浜の実家の近くにはまさに原っぱがいくつもあって、子どもの遊び場になっていた。子供会のサッカーの練習をしたり、夏休みのラジオ体操なんかもやったから、オフィシャルな存在だったんだと思う。
地価高騰のときに、土地を遊ばせておかなくなったのかな。「保有から活用へ」なんてスローガンの下、遊休地でもそれなりの固定資産税がかかるようになったからかな。管理の状況が悪い原っぱに子どもが入って、怪我でもされれば地主の責任が問われかねない「変な時代」になったせいもあるだろうし。放っておくと粗大ゴミが捨てられてしまう・・・っていうような事情もあるのかもしれない。
今住んでいる等々力の周辺には確かに原っぱは見あたらない(多摩川の河川敷がとっても大きな原っぱではあるが。)
じゃあ、消えたのか・・・って思うと、現在実家がある川崎の山側にはまだまだ原っぱが多いのである。去年の冬は甥っ子とたこ揚げをしたような、そんな原っぱが。減ったとは言ってもゼロじゃないよな。
2005年03月14日 01時06分19秒



【消えた昭和】 紙芝居
紙芝居。幼稚園では見たことがあるけど、「紙芝居屋のおじさん」を見た記憶がない。何でも、紙芝居目当てに集まった子ども達にあめ玉や割り箸に付けた水飴を売るのが商売だったそうな。紙芝居は、客寄せのための道具だったのだ。「お菓子買わない子は見ちゃダメ。」なんていうおじさんもいたそうな。黄金バットなんてのが題材だったらしい。
テレビの普及ですたれてしまったと考えるべきなのだろうが、おいらが子どもの頃はまだまだテレビの普及はそれほどではなかったから、それだけが理由ではなさそうだ。多分、高度成長期で、1個5円もしないような飴を売るよりも、ずっと割の良い商売があったのではないだろうか。
紙芝居そのものは今でも残っており、近所の図書館でも貸し出しをしている。子ども達に絵本の読み聞かせをすると結構人気者のおいらは、紙芝居屋としてもやっていけそうな気がする。
2005年03月15日 00時09分05秒



【消えた昭和】 駄菓子屋
駄菓子屋。おいらが子どもの頃済んでいた横浜の片田舎には文字通り駄菓子屋が一軒あった。飲むラムネが5円から15円に値上がりした時分だったと思う。50円玉がまだ大きかった頃。一度だけ、50円玉1枚握りしめて遊びに行った。いろんなモノに目移りして、結局、小心者のおいらは50円を使い切れなかった。小学校1年の時に引っ越したが、引っ越した先には既に駄菓子屋はなし。おいらにとって、あれが唯一の駄菓子屋体験だった訳だ。だから、話に聴くような駄菓子屋のオバちゃんとのコミュニケーションってものは知らない。
オトナになって、リバイバルブームとでも言うのだろうか。駄菓子屋がそこらに出来た。数寄屋橋の地下鉄の階段のところに夜な夜な出てくる露店もそうだし、後楽園に住んでた頃は駅ビルに駄菓子屋が入っていた。飴やガム、よっちゃんいかといったいわゆる駄菓子から、銀玉でっぽうや消しゴム、シャボン玉など懐かしい(筈)のものがたくさん。ついつい、買ってしまう。
考えようによっちゃ、ヴィレッジヴァンガードなんてのは、オトナの駄菓子屋だな。ドンキやダイソーもそれに近いんじゃないかな。千円札握りしめていけば、何かいいモノが見つけられる。
2005年03月17日 03時35分02秒



のどが痛い
周りがバタバタと風邪やインフルエンザで倒れる中、うがいと手洗いだけで乗り切ってきたのだが、ここへ来てどうやら、やられてしまったようである。症状はのどの痛み。
のどの痛みとなると、3年前(?)の入院騒ぎを思い出すので、勢い慎重に鳴らざるを得ない。本当は医者に行きたいのだが、こういうときに限って、仕事がバタバタとし始める。先週から、整体(腰)にも行ってみたいのだが、なかなかスキマができない・・・。スキーシーズンも終わると「湯治」もできなくなるから、ここいらで治しておかないとヤバいのだが・・・。
# スキーの疲労がなくなるから、好転するのか??
2005年03月18日 02時13分47秒



【消えた昭和】 ラジオ
え? ラジオって消えたの? ホリエモンが消すのかな? 確かに、一家揃ってラジオの前で、放送劇に聞き入る・・・なんていう光景はなくなったろうけど、そんなの、おいらが物心付いてからは知らない志なぁ。逆に今でもラジオが現役の場所っていうとどういうところがあるかな。
まずは、ドライバーでしょう。いくらカーナビを改造するとテレビやDVDが見られるとは言っても、運転中にそうそう見てもいられない。となるとラジオですね。深夜の「歌うヘッドライト」なんて、多分今でも長距離トラックの運転手さんのお供じゃないだろうか? あと、床屋さんとか競馬中継とか、耳はともかく、目は別のモノを見ていなきゃならない場所では重宝しますね。受験生もラジオじゃないのかなぁ。それとも、今じゃipodみたいなもんで、自分の好きな音楽ばかりをかけてるのかなぁ。
思うに、以前は音楽を聴くにはレコードをかけなきゃならなくて、それはそれは面倒くさい作業だった。だからラジオが便利だった。今は、通常の音源がもっと楽に操作できるようになったもんな。
2005年03月19日 02時26分41秒



【消えた昭和】 縁側
縁側。広辞苑には「日本家屋で、座敷の外側に沿う細長い板敷き」とある。イメージは、猫と一緒に、おばあちゃんがひなたぼっこしてそうな、或いは、おとうさんがステテコ姿で夕涼みする空間。おいらが生まれ育った家にはなかった。
似たものに「濡れ縁」がある。字だけみるとドキドキするが、こっちは「雨戸の敷居の外に付けた縁側」(広辞苑)。テラスみたいなもの。雨に濡れるから濡れ縁。子どもの頃に住んでいた家にも、今の実家にもある。家の外だと容積率のカウントに入らないのかな。
元々うちには無かったので、何で消えたかは判らないけど、「一戸建て」の「日本建築」に特有の構造なのだから、消えていく運命だったのだろう。マンションじゃ作りようがないもんね。
でも、ひなたぼっこという点ではサンルーム、外に面した板の間という点ではウッドデッキなんてシャレた呼び名で生き残ってるのかもしれない。
# 縁側がないから「縁の下の力持ち」なんてコトバもピンと来なくなるんだろうな。
2005年03月23日 01時42分20秒



3月23日
17年度予算が成立しました。早っ!! バタバタしていたせいもあるけど、一体どんな議論がなされていたのか、全く判らなかった。二大政党制に近づいてきたのに、野党第一党の迫力がないから、国会の論戦も聞こえてこないんですよねぇ。
国会はまだまだ折り返し地点、頑張らんと、ますます国民の政治離れが進むぞ。
2005年03月23日 22時29分48秒



宣誓!
春の選抜が始まった。全く興味がないのだが、たまたまニュースで開会式を報じていた。選手宣誓をやってた。宣誓って言えば、「宣誓! 我々はスポーツマンシップに則り、正々堂々と力の限り戦うことを誓います!!」って絶叫するモノだと思っていた。違うんですね。なんか、さわやかに、静かに、格好良く、極めて客観的に語っていた。ああーいう、冷めた感じがウケるんだろうか。あれを聴かされている他のチームの奴らは「ヤッタルデぇ!」っていう気になるのだろうか? ならないだろうなぁ。モチベーション、ダダ下がりだろう。だとしたら、究極の先制攻撃だな>宣誓
2005年03月23日 22時43分32秒



【消えた昭和】 ちゃぶ台
星一徹がひっくり返していたのがちゃぶ台だ。「卓袱台」と書くそうだ。「4脚の低い食事用の台。飯台。食卓。」(広辞苑)とある。この「卓袱(ちゃぶ)」は「しっぽく」とも読み、「中国で食卓の被いのこと。転じて、その食卓の称。」とある。ふむ。由緒正しいのだな。
これはおいら学生時代に下宿で使っていた。丸くて、足は折りたたみが出来るヤツだった。一人には丁度良かったのだが、今は実家の物置にあるはずである。今度帰ったら、持ってくるかな。ちょっとかさばるが、アウトドアにもぴったり(違)
2005年03月23日 23時36分09秒



足元を見る
虎ノ門界隈には、立ち食い蕎麦屋や普通の蕎麦やがたくさんあった。ところが、一軒は気づいたら靴屋になっていた。もう一軒も来週で店をたたむそうな。この2ヶ月ばかりで2軒が店じまいなのである。そして増えてきているのがスタバの類のコーヒー店である。虎ノ門がおしゃれな街になってきているのだろうか・・・。
ところで、そば屋の後にできた靴屋を覗いた、店舗の割に店員さん(ほとんどが中年の男性)が多いのだが、店に入っていくと、すれ違う店員店員がみな、おいらの靴を見るのだ。どんな靴(趣味? 値段?)を履いているのかをチェックしているのだろうが、さすがプロという感じがした。良い靴を履いていてよかった。
2005年03月25日 01時55分17秒



SB>RT>LD
ついに登場、ソフトバンク。よっぽど、ホリエモンをつぶしたいんだろうか。結局プロ野球の時と同じメンバーになってきた。何やら救世主のように出てきてるけど、ホントにそうなんだろうか。確かに、ソフトバンク>楽天>ライブドアと胡散臭くなってくるんだけど、じゃあ、ソフトバンクってまともなんだろうか? 結局、彼もM&Aでここまで来たわけでしょう? うーん、溺れる者は、なのかな。
2005年03月25日 23時51分05秒



【消えた昭和】  神棚と仏壇
これはセットだな。神棚だけが、仏壇だけが、消えたってことじゃないようだ。
神仏混淆なんて難しいこと言わなくても、神棚は八百万の神様(のうちの、一部?)を祀っているのに対し、仏壇は仏像もあるけど、どちらかといえばご先祖様の位牌を安置しているという印象が強い。だから別物、両方あってもおかしくない。
おいらが生まれ育った家にはどちらもない。もちろん、ひとり暮らしの部屋にもありません。神棚や仏壇があれば、柏手(拍手が正しいらしい)を打ち、或いは、手を合わせようという気にはなるけど、なければないで、何の問題もナシ。そういう信仰心とご先祖様を敬う心の薄れが、神棚と仏壇を日本の家から追いやったのだろうな。もちろん、特に仏壇は、住宅事情のせいもあるだろう。かつては仏間ってのがあったもんね。(神棚はさして、有効スペースを削るわけではないが・・・)
神棚や仏壇っていくらくらいするんだろうと、有名どころ(みす平総卸店や「はせがわ」)のHPを覗いたが、書いていない。定価なんてあってないようなものなのだろうか。
# そういや、名古屋も、とーチャンの実家がある滋賀県彦根市も仏壇で有名だな。
2005年03月26日 00時18分42秒



広辞苑
最近、広辞苑からの引用が多いことにお気づきだろう。「広辞苑」。あの分厚い辞書。今出ている第5版、3010ページで8000円近くする。
第一版が発行されたのは1955年年5月25日だというから、もうすぐ満50年になる訳だ。おいら中学生時代に愛用していた「新明解国語辞典」が現代美術だとすれば、広辞苑は古典である。
そんな広辞苑の電子辞書版を頂いたのだ。手のひらサイズに小さな電子辞書に広辞苑がすっぽり(しかも、漢和辞典や英語の辞書まではいっている。)こんな便利なモノがあるなんて。もう手放せない。辞書を引くのが楽しくなる。電車の中でもゲームなんてするより、これでいろいろなコトバを引いている方がどれほど楽しいことか・・・。難点が一つ。調べた単語が記録に残ってしまうのだ。興に乗って、あーんな言葉や、こーんなコトバを調べていると、後で誰かに見られちゃうかもしれないのである。
2005年03月26日 01時34分04秒



1回休み
この週末は東京で結婚式もあり、ようやくスキーのない週末となる。とにかくやりたいことは「床屋に行くこと」である。3ヶ月伸ばし放題の髪。こういう髪型もいいな・・・とも思うが、やはりうっとうしい。ゲレンデで帽子をかぶっても髪の毛がはみ出してくるし。
先日、朝、等々力渓谷を歩いて駅に向かっていると、反対側から見たことのある顔。あちらは挨拶してくれた。誰だっけ? そう、床屋さんだった。床屋さんって、1時間もの間、ずっとこっちの顔をみているからか、覚えてくれるんですよね。一昨年、20年数ぶりに子どもの頃にお世話になった床屋を訪ねたら、おじさんもおばさんも覚えてくれていたもんなぁ。
2005年03月26日 09時18分02秒



ioH「家族対抗歌合戦」
昨日、ふっと時間があいたので飛び込みで3回目。またまた泣いてきました。1回は当ページのオフでしたが、2回はたまたま時間が空いたので飛び込み! こういうのも珍しいです。しかも、この2回も客席に知った顔を見つけて、観劇後に熱く芝居を語らせて貰いました。
良かったです。良い芝居です。

映画は試写会があって前評判で盛り上がり、公開と同時にワっと人が入って、だんだん客の入りが減って、最後はガラガラで上映終わりというパターンが多いように思う。一方、芝居は、最初はファンやたまたまチラシに興味をもった人が足を運び、評判が口コミで(今だとネットで)広がり、一般のお客さんも見に行って・・・と、だんだん盛り上がることが多いと思う。しかも、映画のように上映期間を伸ばしたり、映画館を替えて上映ってことができないので、物凄い盛り上がりの中、惜しまれて楽日を迎える・・・。今回のioHはそんな芝居。CDもプログラムも楽日を待たずして完売らしい。
2005年03月27日 09時37分29秒



インドとパキスタン
パキスタンにF16戦闘機の売却を決めたとのこと。当然、隣国インドはカリカリくる。あの辺りの微妙な力関係に影響を与えること必至である。
アメリカの対パキスタン戦略って、めまぐるしく変わる。正確ではないかも知れないが、おいらが記憶・理解するところでいうと、冷戦時代は、敵対するソ連との位置関係から、軍事的な価値を認めて、様々な援助を行ってた。実際、北部にはレーダーサイトだかミサイル基地だかを作ったって噂も聞いたこともある。
それが、東西冷戦が終わったら突然に手のひらを返すようにパキスタンに冷たくなり、「パキスタンは核開発を行っている。」なんていう、今さら何を・・・という言いがかりで一部の人道援助を除いて全ての援助をストップしちゃった。確か継続案件まで資金を断ったんじゃなかったっけ。
それが今になって再び・・・。名目はアフガン国境でのテロ対策らしいのだが、テロ対策に戦闘機がいるのだろうか。明らかにインドに対する備えとしか思えない。もちろん、今、印パの緊張を高めてもアメリカが何か得するとは思えないので、よほどの「ご褒美」なのではないか。それに見合って、今、パキスタンがアメリカにできることって、ビンラディン拘束の段取りを付けることくらいしか思い浮かばないが、深読みのし過ぎかな?
2005年03月27日 10時04分26秒



安室さん情報
これを「あむろ」と読んじゃう人は、ほめぱげ読者にはいないでしょうね。「やすむろ」さんである。最近、ioHへの参加がない安室さん。先日「家族対抗歌合戦」を菊川淳くんと一緒に見ていたのを見つけて、終演後、一緒に飲みました。ご本人からの情報では、近日中に放映される「仮面ライダー響鬼」に出演するのだそうな。「あんまり、納得のいくデキじゃなかったんだけど。」ってなことですが、ファンは要チェックです。
# 仮面ライダー響鬼  テレビ朝日 日曜朝8:00〜
2005年03月28日 23時46分35秒



【消えた昭和】 押入れ
え? 押入れって消えているの? 押入れは「和室で、ふすまや戸で仕切り、家財・寝具などを入れておく所。おしこみ」(広辞苑)なのだから、和室がなくなれば必然的になくなるはず。洋室に作られた収納スペースはクローゼットって言うのかな? 確かに、川崎の実家も和室には押入れがあるが、洋室にあるのはクロゼットだけだな。10年ほど前に暮らしていた、湯島の6畳一間の板の間は収納スペースといえば天袋しかなかったから、押入れはなかった。
でも、この10年は押入れが1間以上ある生活なんですよねぇ。やっぱ、布団は押入れに入れるもんでしょう・・・と書いて気づいた。最近は、布団を使わなくなってるor布団を上げなくなってるんだろうか。確かに、ベッドだと毎日「布団を上げる」という作業はないから、押入れの必要もないのかも。
バブルの頃のスキー宿、ぎゅうぎゅうに押し込められてスペースが足りなくなると押入れの中にまで布団を敷いて寝たものである。実は、おいら、押入れの中で寝るのって嫌いじゃなかった。皆のいびきに悩まされることも、風邪をうつされる恐れも少ない。しかも上段だと暖かい気がした。(下段だと、湿った感じでいやだろうけど。) 部屋の豆球が点いていても自分だけは暗くできるし・・・。いいこと尽くめ。
2005年03月28日 23時55分16秒



春ですねぇ
もう3月も終わるのだから、当然春なのだが、まだまだゲレンデでは雪が降ったり、都心でも風が冷たかったり・・・。
それでも、駅までの道すがら沈丁花の香がするし、梅もきれいに咲いている。それより、何より、野菜が安くなってきてるのが「春だなぁ」って実感させる。そろそろ弁当作りに精を出すかな。
2005年03月29日 02時53分40秒



パソコン買い換え
付けっぱなしにしておいたら、特に問題もなく使えているパソコンであるが、原因不明ってのは頂けないし、丸6年になるので、そろそろ買い換え時かなと思う。スキーシーズンも一段落したのでいろいろ考えてみようと思う。
CPUはPEN4で2G以上は欲しいかな。メモリも1Gくらいはないとね。DVDも焼けるようにしたいし、テレビも観たいな・・・なんて考えてるんですが、何がいいのかなぁ。新聞でDELLとかHPの広告を観ると、この程度のスペックだと10万円しないみたいだし、ヤフオクあたりだと4,5万で決まっていることもあるみたい。さて、どうしたものか・・・。
2005年03月29日 03時05分35秒



春その2
この10日ばかりで4本芝居を観た。おいらにとっては、これはスキーシーズンの終わり、春の到来を示す出来事なのである。
2005年03月30日 01時09分16秒



【消えた昭和】 書斎
とーちゃんの実家には亡くなったじーちゃんの書斎があった。立派な机があり、書棚にはたくさんの本と世界中の人形が置いてあった。ばーちゃんとピラミッドの前でらくだに乗って撮った若い頃の写真も飾ってあったし、象牙の飾り物もあった。
この書斎は、じーちゃんが隠居する際に増築したものらしいが、残念ながら完成して間もなく病に倒れ、殆ど使うことはなかったそうである。
代わりに使っていたのが、夏休みに里帰り(?)していたおいらである。夏休みの宿題をこなすのは、この祖父の書斎の大きな机だった。
おいらの家には書斎はなかったが、技術屋のとーちゃんが、いろいろなものを作るための作業スペースがあった。そこには、おびただしい電子部品が整然と並べられており、休みになるととーちゃんは日長一日はんだごてを持って何かを作っていた。今は、かつておいらが使っていた部屋に書棚と机が持ち込まれて文字通りとーちゃんの書斎となっている。じーちゃんの書斎との違いは、2台のパソコン、テレビにビデオデッキが装備されていることかな。
さて、ぴな家はともかく、マンションの間取りだと書斎なんてものを置く余裕がなくて、リビングの一角がお父さんのスペースになってるんじゃないかな。世のお父さん、どうなのだろうか?
# なぜか、書斎というと、お母さんのためでも、子どものためでもないと思ってしまうのはおいらの偏見であろうか。
2005年03月30日 01時10分40秒



【消えた昭和】  給料袋
消えました!! 給料袋。世の中の流れからだいぶ遅れたとは思いますが、この1月からおいらの職場、なくなりました。
給料の銀行振り込みって、みんなが幸せになれるはずなのに、何故、普及しなかったんだろう。職場の先輩達を見ていると、ご家族に、「はい、これ」って、現金を渡すのを儀式にしている人、奥さんには給料の全体像を見せたことがない人、法律に「現金支給」とあるのにこだわる人・・・。いろんな事情があったらしい。まあ、どうでもいいけど、多分、おいらのとーちゃんなんて30年以上前から銀行振り込みだったに違いない。
銀行振り込みで気になるのは、「銀行丸儲け?」ってこと。
2005年03月31日 01時35分30秒



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